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スチームパンク特集解説

小川 隆

 ぼくたちにとって初めての特集という試みでひと月あまりにわたってスチームパンクのさまざまな側面をご紹介してきましたが、お楽しみいただけたでしょうか。

 むかしからSFは社会の動きに敏感に反応して、何かしらの新機軸を打ち出してきたのですが、どうやらいまのスチームパンクもそうした例に漏れず、流行のスチームパンク・シーンへのSFからの答というニュアンスが強いようです。え? スチームパンクってSFが中心じゃないの? という素朴な疑問には音楽、アート、ファッションのコラムでおこたえできたと思うのですが、そもそもSFであれ何であれ、小説が世の中の動きをひっぱっていくことなどかつてなかったのです。カウンターカルチャーに触発されて興ったニューウェーヴ、ハッカー文化、ヒップホップ、ダーティ・リアリズムなどに影響されたサイバーパンクなど、SF作家はつねに社会の動きを見つめ、創作のヒントをそこから得ようとしてきました。いまのスチームパンクはたまたま80年代のSF小説群の呼称を取り入れてはいますが、むしろ21世紀になったいま、20世紀的発想を見直す動きのなかで若い世代が創りあげようとしているライフ・スタイルをさしているように思えます。アート、ファッション、音楽、映画などさまざまな分野で平行してこの美意識に基づく動きが進行していることからも、それが一つの時代精神であることがうかがえます。

 

 ただ、そこにひそむ19世紀礼賛の発想は、一面、異質な文化を異化して見つめる差別的発想にもつながっていきます。みずからもスチームパンク作品を発表しているラヴィ・ティドハーは最近、自身のブログなどで「スチームパンクは善良な人々のファシズムである」と述べて物議を醸していますが、小説のスタイルとしては最初から限界をかかえているものだといえるでしょう。80年代後半に登場して、サイバーパンク作家からも支持されていながら、その後SF界のなかでは大きな発展をとげることがなかったことからもそれは傍証されます。

 

 では、なぜいまSF作家がふたたびスチームパンクに取り組むようになっているのか。それはSFとは関係なく、社会的なシーンが形成されているからにほかなりません。サイバーパンクも重厚長大な20世紀資本主義的産業構造やモダニズムへの批判として発達したわけですが、スチームパンクもそうした単純な進歩主義への懐疑を基調としています。したがって、当事者であるファンがあまり同時代のSF作家を顧みようとせず、ウェルズやヴェルヌの原点にたちかえろうとすることは、ある意味うなずけることです。国家や資本が主導する、帝国主義的な発展や消費の拡大を促すための市場の発展ではなく、市井のマッド・サイエンティストや冒険家たちが切り拓いていく未来の可能性を描く19世紀的SFの魅力は、ネット時代の新たな個人主義にたついまの読者にとっても新鮮に見えているのでしょう。そうしたファンがいるのなら、そこに向けてもっと魅力的で新しいヴィジョンを提供してみよう、とSF作家が思うのは自然な成り行きです。今回SFマガジンの特集では、あえてスチームパンクの王道をいく作品より、そうしたシーンに何かプラスαを加えたいという作家の作品を中心に選んでみました。もっと本格的なスチームパンク作品(たとえば、クリス・ウッドリング、マーク・ホダー、ジョナサン・グリーンなど)を選ばなかったのは、長篇を中心としたそうした作品はあくまで出版社が書籍として紹介していくべきものだと考えるからです。シーンのなかで、スチームパンクの枠組みをきちんと守って書いている作家も大勢います。ただ、いまこのシーンに触発されて書いている作家のほうが、かつてのニューウェーヴやサイバーパンクのように、より新しいSFの地平を切り拓く可能性があるように思えるのです。

 

 SFだけ、小説だけを見ていては見えない、もっと大きな生きたシーンというものを感じて、そこから作家が何を引き出し、何を加えていくか、ということを読んでいくのが、同時代の小説を読む醍醐味だと思います。

 

 今回の特集にあたっては、大勢の方の協力をいただきました。作品提供に快諾してくれた作家や、アーティスト、写真家をはじめ、残念ながら掲載の承諾をいただけなかった作家、エージェントを含め、いろいろな方に好意的な励ましの言葉もいただきました。早川書房の阿部さんをはじめ、イラストレーターの兒嶋さん、SFマガジン編集長の清水さんにはとくに多大なご尽力ありがとうございました。翻訳家の日暮雅通さんにはいろいろご心配もおかけしました。これからも、SFだけにとどまらず、さまざまな小説やそれを生み出すシーンをご紹介していきたいと思います。まだいくつか、作品を掲載する予定ですが、みなさまのご感想、ご批判をお寄せいただければ幸いです。

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