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The Loving Dead

小川 隆

The Loving Dead by Amelia Beamer (Night Shade Books, 2010)

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 このところ、ぼくの周囲では英米を中心に世界中で爆発的に流行しているエロチカをめぐる議論がさかんだ。ぼくの印象をいえば、電子書籍が家庭の主婦にまで浸透しているのだな、ということへの安堵が1つ。使ってみればわかるけれど、電子書籍はすばらしい。最近ではだんだん紙の本への食指が動かなくなって、ますます紙の本は積ん読状態に拍車がかかってしまっている。端末が日本でもはやく普及してくれればよいのだけれど、日本の出版社の価格設定はあまりにナンセンスだ。電子書籍は買うものではなく、閲覧権を得るものでしかなく、メモリを大きくするメーカーの開発方向も間違っている。その意味では、アマゾンがストリーム形式のKindle Fireを推進しているのは正しい方向に思える。でも、エロチカのようなものまでを電子書籍で読もうと思う人が出てくるとは予想していなかった。おのれの不明を恥じるばかりだ。
 ただ、手放しで喜んでいるわけではない。大手出版社までがエロチカのインプリントを作ったり、イギリスで焚書騒動が起きたりする話をきくたびに、ワイマール共和国の末期のように、制度で保証された自由にあぐらをかいて全体主義の危険な誘惑に世界中が踊らされはじめているような気がして、ひどく居心地が悪い。スチームパンクの流行と根は同じような気がする。若い女性が金と権力をもつ男の姓の奴隷になるなんて、セクハラやパワハラなどというものではなく、人身売買の正当化ではないか、とやっかみたくもなってくる。日本の例をひくなら、昭和初期のエログロナンセンスの流行が思い出されてならない。
 エロとナンセンスということでいえば、すばらしい作品も生まれている。これからご紹介する『恋する死者』The Loving Deadだ。タイトルはもちろん、ジョージ・A・ロメロの〈リビングデッド〉三部作のもじりだ。中身も、タイトルどおり、スラップスティック感覚のゾンビ映画のパロディになっていて、ナンセンスの項目はクリアしているし、ゾンビが性交渉で感染する病気で、感染すると性欲昂進してしまって、あっちでもこっちでもとんでもない性の饗宴がくりひろげられるのだから、エロも問題なくクリア。ゾンビ小説だから、グロもクリアされていないこともない。まあ、時代精神にぴったりの小説といえるかもしれない。時代精神というのが、キーワードだ。かんたんにストーリーをご紹介しよう。
 サンフランシスコとは湾を隔てた対岸にあるバークリーに暮らす20代のケイトは、ベリーダンスのレッスン帰りに駐車場でダンスの先生が男に襲われているのを見つけ、あわてて助け出す。動転する先生を連れて、彼女は同居しているボーイフレンドのマイクルが仮装パーティを開いているところに帰る。アパートを案内していると、先生は寝室にケイトを誘いこみ、レズビアンの手ほどきをする。だが、絶頂に達したあとも、先生のようすはおかしい。SMプレイでベッドに縛られたまま、身体がどんどん土気色に変わり、形相も変化していくのだ。怖くなったケイトはパーティ参加者に助けを求める。なおもベッドから全裸でセックス・パートナーを誘いつづける先生のようすを見て、男たちはおもしろがり、相手になろうとする。だが、それは演技ではなかった。先生を駐車場で襲ったのは痴漢ではなく、ゾンビで、先生もゾンビに変身しようとしていたのだ。
 パニックに陥った友人たちはてんでんばらばらに逃げ出す。ケイトはとりあえず飛行船遊覧飛行に出向き、事態が沈静するかどうかようすをみようとする。だが、飛行船のなかにもゾンビ少女が乗りこんでいた。いたるところにゾンビが発生しているのだ。飛行船からも逃げ出して、ケイトは安全な場所を探す。みんなは次々に携帯メールで情報を交換し、ツイッターでゾンビの居場所を教えあう。やがてケイトは携帯アプリに鞭の音があることを発見する。そもそもゾンビは死者を奴隷として働かせるために蘇らせたものだ。奴隷なので鞭には従順にしたがうのだ。
 だが、一時的に退かせることはできても、ゾンビの蔓延に歯止めはかからない。ゾンビはどうやら性交渉で感染するらしく、感染者は発症前に異常な性欲昂進を覚えるらしい。そして発症後は猛烈な食欲に襲われる。ゾンビが人を襲う目的は2つ、性欲と食欲を満たすためだ。マイクルとはぐれたケイトはうろ覚えのホラー映画の知識をもとに、アルカトラズ島にわたる。たしかゾンビは水を越えられないはずだ。だが、着いてみて、彼女は屈強な男に襲われ、レイプされる。そして相手がゾンビ発症前だったことを知る。ここにもゾンビがきていた。しかも確実に彼女も感染しているのだ。彼女を追ってきたマイクルは、ケイトがゾンビになることを知ったとき、まだ正気を保っている彼女にある提案をする。
 ゾンビ・パニックはいかにもホラー映画のようで、若者たちは右往左往しながらも、それぞれホラー映画で得たハリウッド知識をもとにメールやツイッターで対策を練ったり、そんななかでも恋心を打ち明けられずに悩んだり、どさくさまぎれにも悪戯っけを起こしたり、抱腹絶倒のスラップスティック仕立てになっている。それでも、最後にはせつなくも美しい結末があって、泣ける話にしあがっているのには驚いた。いまどきの若者の意識や生活もみごとに反映されているし、猛烈にテンポもよく、一気に読ませてしまうのに、読後感はずっとあとをひく。たぶん、エンターテインメントとしての小説に求められるものはすべて入っている。とてもジャンル出身作家のデビュー作とは思えない小説で、もともと〈ローカス〉をつうじた知人ではあるけれど、すっかり彼女のことが大好きになってしまった。エログロナンセンスが小説としてすばらしいものになることを示している傑作だ。

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