スチームパンク・ファッション――楽しさの舞台
鈴木潤
〈スチームパンク〉とは、そもそもは小説のサブ・ジャンルを示す概念だ。産業革命期を舞台にレトロフィットな世界を描くSF作品群のことをそう呼ぶのである。しかし現況をみると、ブームは小説にとどまらず、音楽やアートやファッションにまで波及している。そして、それらのファンはかならずしも小説のファンというわけではないらしい。そう、いってみれば〈スチームパンク〉はもはや〈スチームパンク〉という現象を指す言葉になったのだ。もちろん原義的に小説にかぎって使うことはまちがいではないし、本特集の主旨も小説の紹介である。だがもしかしたら、小説以外の〈スチームパンク〉をのぞいてみることは、小説のブームの理由を探る一助となるのではないだろうか。それに、ファッションと小説がリンクするなんて、めずらしいケースである。しかも、アレキサンダー・マックイーンやラルフ・ローレンやカルティエなど、メインストリームの一流デザイナーたちにも取り上げられるほど熱いなんて、喜ばしいケースである! というわけで、いったい何が〈スチームパンク〉の魅力なのか、ここでファッションの視点から考えてみようと思う。
〈スチームパンク〉が舞台とするのは19世紀、おもにヴィクトリア朝は産業革命期のイギリス。印刷技術が発達し、言論の自由への意識も高まってきた時代である。小説の起源と言ったら大げさかもしれないけれど、それが市民レベルに浸透していった時期であることはたしかだ。小説にかぎらず、技術の進歩によって人々は今まで手が届かなかった物、手に入らなかった余暇を得、ヴィクトリア朝の芸術全般は大衆を主人公に発達していくことになる。つまり、〈装飾性〉というものが市民レベルで楽しまれるようになったのだ。性差や身分差など、ある程度の拘束を残しつつ、市井のロココ調とでもいうべき多分な装飾を取り入れたのがこの時期のファッションの特徴である。そして、それが〈スチームパンク・ファッション〉の魅力のひとつなのではないだろうか。
さて、そうして大衆の文化が発展していく背景で、技術の進歩と都市化が世界をどんどん広げていった。飛行船が空を、地下鉄が地底を切り拓き、中心地ロンドンの人口急増によって、都市は細分化し複雑化した。あるいは、世界が「狭くなっていった」と言えるかもしれない。人々は未知なものや異質なものと隣りあわせで暮しはじめた。巷には異国由来のものがあふれ、宗教や従来の共同体がタブーとして隠していたものが顕在化するようになった。だが当時の人々は、そうして身近なものとなった〈異質なもの〉を整理して理解する手だてを持たなかった。それらは恐怖や好奇の対象として、〈見世物〉にくくられるにとどまった。〈切り裂きジャック〉事件や〈エレファントマン〉の存在がいい例だろう。その猥雑でウィアードでアンダーグラウンドな雰囲気こそが、まさにヴィクトリア朝時代の市井の表情なのである。
やがて社会に紛れこんだ〈異質なもの〉は、モダニズムによって整理分類され、文化や芸術のなかにきちんと組みこまれていく。大衆の文化が洗練されていくわけだが、それは同時に、合理主義が先鋭化されていくことでもあった。モダニズムの一歩手前で、未知なものや異質なものに当惑し雑然としていたヴィクトリア朝ロンドン。そこを始点に「あり得たかもしれない未来」を描く〈スチームパンク〉には、そういった現代の過度な合理主義へのアンチテーゼという側面もあるのかもしれない。さらに、性差や身分差の表現という制約を伴いながらの装飾というヴィクトリア朝のスタイルは、余計な装飾を省き「ありのまま」の自分に回帰することこそよしとする、現代の〈ナチュラル志向〉への反動といえるかもしれない。
だが、はたして〈スチームパンク〉は何らかの意志の表明や異議申し立ての表現だと言いきってしまっていいのだろうか。特にファッションに関しては、「あり得たかもしれない」テクノロジーを想像し、猥雑で混沌とした非現実を創造することが、純粋な楽しみとして享受されているような気がする。考えてみれば無理もない話だ。想像力と創造性を駆使して大いに着飾るなんて、ファッションの醍醐味そのものではないか。そう、〈スチームパンク〉はあくまでも楽しさの舞台なのだ。〈スチームパンク・ファッション〉が人気なのは、それが装飾やセンスを凝らして非日常を楽しむ場というものをわたしたちに与えてくれているからではないだろうか。もしかしたら、多くの作家が〈スチームパンク小説〉を手がけ、多くの読者がエンターテイメントとしてそれを受け入れていることも、おなじ理由なのかもしれない。
以上の写真はリビー・ブロッフ氏より提供いただいた。リビーはシアトルを拠点に活動するデジタル・フォトグラファーで、〈スチームパンク界のアニー・リーボヴィッツ〉の異名をとる。もっぱらの被写体は「チャーミングなテクノロジーと進化形の美」。二進法の世界のはざまをプレイグラウンドに、常に奇妙なものやコミカルなものを追いかけ、何よりも、スマートでタフな人間の姿をカメラに収める専門家だと自認する、すばらしい写真家である。今回の特集に際し、快く作品の使用を許可してくれたリビーに心から感謝する。Many thanks for your wonderful photos, Libby!
ちなみにこちらは〈26to50〉の人気者の〈スチームパンク・ファッション〉!
写真提供:Cafe Scifi+tique
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