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スチームパンク・バグズ&アニマルズ――生物と機械の融合

高里ひろ

 アメリカでは、スチームパンクの人気は転換点に到達し、いまやメインストリームになったとも言われている。この人気は、スチームパンクがもともとの生みの親である小説という枠を超え、映画、ゲーム、アート、ファッション、音楽など幅広いジャンルに拡散していったからこそのものだろう。そうした最近のスチームパンクの社会現象については、2012年7月号SFマガジンの記事『ネオ・スチームパンクとは何か』(小川隆)に詳しい解説があるので、そちらを参照いただければと思う。

 スチームパンクの小説を読んだことがない人でも、スチームパンクに触れたことのない人はいない。それは海外にくらべてスチームパンクの認知度の低い日本でもおなじだ。「スチームパンクってなに? そんなものは知らないよ」という人でも、どこかできっと出会っている。たとえばゲームではRPGの『ファイナルファンタジーVI』、映画ならスタジオジブリの『天空の城ラピュタ』や『ハウルの動く城』、マンガなら『鋼の錬金術師』。たいていの人はそれらをスチームパンクとは意識しないで経験している。でも、しっかりスチームパンクなのだ。いったんスチームパンクというものに気づいてしまうと、「そういえばあれも!」と思い当たることがある。私の場合、そんな発見のひとつは、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』で百年前の西部にタイムスリップしたドクがつくりだした、ブレックファスト・クッキング・マシンだった。

 ネットで「steampunk」を検索すると、驚くほどたくさんのアートやファッションや音楽が検索結果上位にあがってくる。日本のスチームパンク・ファンのサイトもあるが、まだ質量の点で英語サイトにはおよばない。今後に期待しよう。本稿「スチームパンク・バグズ&アニマルズ――生物と機械の融合」のテーマはアートだが、アートと言っても、スチームパンク・アートはお高くとまっていたり堅苦しかったりということはまったくない。そもそもスチームパンク・アートは美術学校で教えているようなお堅い美術ではないし、スチームパンク・アートのアーティストたちの経歴を見ると、趣味が高じてそれが本職になってしまったという人もいる。スチームパンクの世界観に惹かれ、古いがらくたを拾ってきて好きなものをつくっていたら、それが評価されて有名になった人もいる。

 1999年10月から2000年2月にかけて、ロンドンのオックスフォード科学誌博物館で、世界初の大規模なスチームパンク・アート展が開催された。同博物館の公式サイト内のオンライン・エキシビットで、この展覧会の企画者アート・ドノヴァンのインタビュー、出品したアーティストらの作品の紹介映像等を見ることができる。手許にあるカタログ『The Art of Steampunk 』によれば、展覧会は”実用的”と”空想的”のふたつのセクションに分かれ、世界的に有名な18人のアーティストの作品を展示し、7万人以上の入場者を集めた。照明器具、パソコン、エレキギター、時計、ゴーグル等の実用品をスチームパンク的に再デザインしたもの、歯車やギアを多用した空想的な仕掛け、スチームパンクの世界観を映す造形作品などさまざまな作品が展示された。

 それらの作品に共通するのは、職人的な手作り感だ。大量生産を目的とする、合理的なインダストリアル・デザインとは対極をなす、きわめて個人的で、思い入れたっぷりの、装飾過剰なデザインが目を引く。つかわれる素材は、真鍮、鉄、木、皮革、ガラスなど、ヴィクトリア時代に手に入ったものに限られる。こうしたデザインの深層には、無機的なテクノロジーを、個人的なもの、有機的なあたたかみのあるものにしたいという欲求がある。スチームパンク・アートのなかでも人気の高い、スチームパンクの昆虫や動物の彫刻作品は、一見、ベクトルとしてはその逆をいっているように思える。生き物という有機体を、無機質な機械で表現したり、生き物とメカを組み合わせてしまったりするのだから。だが、よくよく考えれば、きっとそれも、オーガニックなものとメカニカルなものを融合させたいという欲求の、コインの裏表なのだろう。

 『The Art of Steampunk』の作品のなかで私がもっとも心引かれたのは、カナダのアーティスト、ダニエル・プルー氏Daniel Proulxが制作した蜘蛛の彫刻だった。ぜんまいや歯車やワイヤでつくられた蜘蛛や蠍。機械と生物が融合し、妖しい美しさを放っていた。  ゲームのダンジョンズ&ドラゴンズや『指輪物語』が好きだったプルー氏は、パートナーに教わってレトロフューチャーなデザインの装身具をつくりはじめ、それを本業にしてしまったそうだ。彼が「スチームパンク」という言葉を知ったのはそのあとだったという。目玉を思わせる、強烈なインパクトの指輪などのスチームパンク風装身具や、蜘蛛などスチームパンク彫刻は、彼のオフィシャル・ウェブショップで販売中。

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Daniel Proulx, Spider

 ボストン在住のマイク・リビィ氏Mike Libbyも、生物的なものとメカニカルなものをひとつの形にした昆虫を制作している。ほんものの昆虫の死骸と古い時計の部品をつかってつくられた彼の作品では、装飾的かつ繊細な美しさが際立つ。リビィ氏は「ぼくはSF小説に出てくるような、奇抜で豪華な昆虫ロボットをつくりたかった」と語っている。HPはInsect Lab

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Mike Libby, Dynastidae: Eupatrous Gracilicornis [INSECT LAB by Mike Libby]

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Mike Libby, Orthoptera: Tropidacris Dux [INSECT LAB by Mike Libby]

 もうひとり、すてきなスチームパンク・バグをつくっているアーティストを紹介しよう。イギリスのマンチェスターに住むトム・ハードウィッジ氏Tom Hardwidgeは自宅ダイニングテーブルで数々のアースロボッツ(節足動物ロボットという意味の造語)を生みだしている。彼のつくるアースロボッツはどれも、どことなく愛嬌のあるユーモラスな姿をしている。HPは〈http://www.arthrobots.com/〉。制作風景の動画もアップされている。

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tom hardwidge, lepidopteroid filum

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tom hardwidge, coleopteroid orbis rota

 虫だけでなく、動物のスチームパンク彫刻ももちろんある。動物の場合はその大きさから、材料には車の部品やパイプや鋼板がつかわれることが多く、オブジェとしてかなりの迫力だ。ソルトレイクシティー在住のアッセンブラージュ(リサイクル)アーティスト、アンドルー・チェイス氏Andrew Chaseは、自動車部品や配管をリサイクルして機械式の動物を制作している。物憂げな表情をした優美なキリンは、トランスミッション部品、電線管、鉛管、鋼板、などでつくられた。目にはベアリングがつかわれている。このスチームパンクのキリンはほんもののように動くようにつくられており、すべての関節が可動式だ。脇腹にクランクを挿して回すと首を伸ばす。首をさげるときは、しっぽを上げる。デザインサイトAssemblage内

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Andrew Chase, Giraffe

 オーストラリアのカーパーツ彫刻家、ジェイムズ・コルベット氏James Corbettが古い自動車部品を再利用して制作したスチームパンク・アニマルは、いまにも動きだしそうだ。HPは〈http://www.jamescorbettart.com/

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James Corbett, Sigmund

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James Corbett, Kangaroo

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James Corbett, Raven

 さいごに、記事のテーマとはずれるが、とびきりかっこいいスチームパンク・アートの動画を御紹介する。イギリスの機械彫刻家、ロブ・ヒッグズ氏Rob Higgsの"コルクスクリュー。これであけたワインはきっと、スチームパンクな味がするはず。

(END)

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