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ベンジャミン・ローゼンバウム
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​ベンジャミン・ローゼンバウム

アンケート回答その1

(2012年9月公開)

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アンケート回答その2

(2012年10月公開)

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アンケート回答その3

(2012年11月公開)

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Q-1.
あなたのアイデンティティはどこの国/民族/文化にありますか?

A-1.

 生まれ育ったのはアメリカで、母語は英語です。現在は帰化したスイス国民で、たいていはドイツ語とスイス・ドイツ語で生活しています。執筆以外の仕事のときや、子供たちが友達を連れてきたとき、シナゴーグにいくときなどはね。

 ぼくはアメリカ人に典型的な、さまざまな民族のミックスです。記録に残っているところでは、先祖はイギリス、スコットランド、アイルランド、フランス、ドイツ、オーストリア、ポーランド、ベラルーシ、パレスチナなどに散らばっています。さらに、一族に伝わるところでは、ネイティヴ・アメリカンやメランジャンの血もわずかに入っているということです。同時に、ぼくはユダヤ人でもあります。民族に関して言えば、この事実が他のすべてを圧する決定的なものになることが多いので、この質問を受けてまっさきに思いつく答ではあります。

Q-2.
SF/ファンタシイ/ホラー/スリップストリームといったジャンルはずっと英米語に支配されてきました。あなたがもっとも影響を受けたのは英米のジャンル小説ですか?

 

A-2.

 深く影響を受けたものはいくつかありますが、そのうちの1つと言えるでしょう。人格形成期に受けた影響のなかでは、1980年代に夢中になって読んだ非リアリズム小説から受けたものに匹敵します。そちらの方の出どころは、安部公房、バーセルミ、ブローティガン、ボルヘス、カルヴィーノ、クンデラ、レムなど、かなりグローバルなものでした。ある意味、10代の頃は今よりもっとグローバルに作品を読んでいたと言えるかもしれません。なんだかすばらしい潮流に飛びこんでしまったような気がしたものですが、その流れはおもにアメリカ国外で起こっていました。

 もう1つ、大きな影響を受けたものを挙げるとすれば、それは“正典”文学です。18、19世紀のイギリス文学(フランスとロシア文学も少々)――オースティン、ブロンテ姉妹、ディケンズ、ドストエフスキー、それから、特にウルフ、カフカなどのモダニストの作品(そしてたぶん、さらに大きな影響を受けたのはモダニズムの詩人、たとえばe・e・カミングズなど)が挙げられるでしょうね。そしてもう1つは、聖書にはじまり、中世にいたるまでのユダヤ文学でしょうか。

Q-3.
英米小説とご自国の、あるいは非英語小説との読書の割合を教えてください。現在のものでけっこうです。

 

A-3.

 さっきも言ったけれど、読書の幅は狭くなりました。すくなくとも同時代の小説に関しては、昔ほど幅広く読んでいません。作家というものがこれほど社交につとめなければならないものだとは予想もしてなかったんですが、友人の作家たちの作品を追いかけるのはなかなか大変な仕事です。それらは英語で書かれた作品ですし、ほとんどは(すべてではないにしろ)英米(カナダ、オーストラリアも含めて)の作家のものです。翻訳作品を読むこともありますが、その多くは同時代のSF/F作品ではなく、さまざまな種類の古典です。

Q-4.
残念ながら多くのワールドなんとかは、じっさいにはアメリカのものです。野球のワールド・シリーズから、ぼくたちのジャンルのワールドコン(ぜんぶじゃないけれど)や世界幻想文学大賞にいたるまで。どうすれば、本来の枠組みにただせるでしょう、現実の無秩序な世界を反映するように?

 

A-4.

 うーん、野球とSF/Fジャンルという、(英)米支配の最たる機構を取り上げて、ちょっと話をこじつけているんじゃないかな。ぼくはきみがこのアンケートに添えてくれたイントロダクションがとても気に入ったんだけど、同時に、きみがマンガやアニメを軽んじているような印象も受けました。まるでそれらと関連づけられることで、格が落ちるとでも言っているようにね(「本気で日本や日本の小説に興味があるわけではなく、向こうが知っているのはマンガとアニメ程度ということがほとんどだ。[知名度のある作家も数人はいるけれど……]やはりそこまでだ。マンガ系出版社がけっこうな数の日本の長編小説を翻訳出版しているというのに」)。たとえるなら、ヒップホップに夢中になっているイタリアのミュージシャンが、アメリカ人が彼にイタリアのヒップホップの話を訊くのはあくまで社交辞令で、ほんとうに訊きたがっているのはオペラや“カンタトーレ”についてなんだって、不平を漏らしているみたいなものかな。マンガやアニメと関連づけられることは、日本の散文SFの質を貶めることではありません。実際、商業的なことをいえば、ぼくの知るかぎりの話だけれど、マンガは――売り上げだけでなく、マンガ主体のコンベンションの参加者も――アメリカにおいてでさえ、従来の成人向けのSF小説の売り上げを大きく上まわっているんです(YAでは『トワイライト』や『ハリーポッター』が登場して以来、また事情が異なってきたけれど)。ワールドコンの参加者が3千人で、サンディエゴのコミックコンの参加者は13万人だというのに、ワールドコンが中心的機構で、マンガは周辺的なものだと考えるのは、歪んだ見方ではないでしょうか(「コミックコンにおけるマンガの重要度」ってちょっとグーグルで検索してみただけでも、「アメリカ市場において、日本のマンガはアメコミの売り上げを4倍上まわっている」という一文が目に飛び込んでくるのだから)。

 きみとおなじく、ぼくも自分が生まれ育った世界の外の文化に心奪われてきました。ぼくは29歳のときにバーゼルに来て、ラグビーをはじめたんだけど、それ以前はラグビーボールすら見たことがなかったんじゃないかな。ぼくに言わせるとラグビーは“プレイする” (“観戦する”ではなく)スポーツとしては、アメフトや一般的なフットボール(つまりサッカー)なんかとは比べものになりません。ラグビーをやる以上、アメリカでもスイスでも、ぼくは国内でマイナーなスポーツに興じる物好きたちと仲良くなるっていう、ほろ苦くも楽しい体験をすることになります。バーゼルにはラグビーのプレイヤーはほとんどいないからね。だから、仲間を探そうとしたら、ぼくらはスイスやチェコのナショナル・チームに入っていたようなプレイヤーや、あるいはイギリスや南アフリカでトップ選手だったような連中と一緒にプレイすることになるんです。ラグビーがポピュラーな国だったら絶対にチームメイトになんてなれないようなすごい連中なんだよ! だけど、バーゼルにはクラブが1つしかないし、2軍を編成するほどの余裕もないんです。

 なにもSFはあくまで静的で内向的なものであるべきだとか、アメリカ地域限定のものであるべきだと言っているわけではありません。活気あふれるジャンルでありつづけるためには、世界に開かれているべきだと思っています。今現在書かれている刺激的なSF作品の多くは、より幅広い文化的コンテクストから生まれてきています。このジャンルにおいて、注目に値する才能は、たいてい1つかそれ以上の文化的境界線上にいる人たちにあります。たとえばAmal El-MohtarやNnedi Okoraforのような、英米圏に住む移民や移民の子孫もいれば、ケン・リュウやアリエット・ドボダールのようにマルチリンガルな人もいます。もちろん、いつの時代もSFはさまざまな探検者、放浪者、あるいは迫害を逃れてきた人たちがもたらす潮流によって刷新されてきました。アシモフの母語は英語ではありませんでした。70年代以降、SFの大きな原動力となってきたのは女性や、SFにおける自分たちの存在を認めてもらおうとする(英米圏の)有色人種でした。

 でも、SFを開かれたものにするにあたって、ぼくらはSFが変容を遂げることを覚悟しなくてはなりません。新しいSFは、必ずしもこれまで慣れ親しんできたようなものとおなじではないかもしれません。たしかに、変化することに抵抗を持たず、外国の様式を積極的に取り入れるような異国趣味に走ることも、1つのアプローチといえるでしょうね。英語で歌おうとする日本のロック少年や、ラグビーをやろうとするアメリカ人とかね。でもそれとは別に、他の世界の人々が他の世界で“もうやっていること”に目を向けるというのも方法かもしれません。ワールドコンは実際に全世界のSFの現状を掌握しようとすることではないような気がします。ヒューゴ賞の投票者が、世界最大規模のSF雑誌である中国の〈サイエンス・フィクション・ワールド〉を丹念に読むなんてことは想像できないからね。むしろ、“ワールドコン”そのものが、だんだんと単なる特定の地域のサークル、あちこちでおこなわれていることの一部分にすぎなくなっていって、みんなその事実を受け入れていくのではないでしょうか(ネーミングはご愛嬌ということで笑って許したうえでね)。


Q-5.
たしかに、ぼくたちはアメリカのポップ・カルチャーの多大な影響を受けています。村上春樹もアメリカの小説やジャズの影響無しにはいまのような小説は書けませんでした。あなたの場合も同じでしょうか? そうした影響をまったく受けずに執筆することを想像できますか?

 

A-5.

 アメリカ人として、この質問に対するもっとも実り多き返答は、ちょっとばかり口を閉ざして、そういう影響というものがない世界をよくよく想像してみることだろうね。

Q-6.
最近では多くの若い作家や編集者が英語で仕事をし、アメリカのマーケットに向けて書いています。そんな仕事のしかたは邪道だと思いますか? それとも、影響の大きさを思えば当然のことだと思いますか?

A-6.

 ぼくは英語話者であるアメリカ人なので、この質問も180度ちがう角度から考えたうえで答を述べようと思います。つまりそれは、ぼくはそういった状況に罪悪感を抱くべきか否か? という問題で、その答は「イエス」です。歴史の偶然により、たまたまイギリス-アメリカと引き継がれてきた帝国に形作られた世界に生まれてきたわけだけど、そのことで、ぼくは同等の才能と価値がある他の地域の作家に比べて、はるかに多くの読者を得ることになるんです。分不相応な運と歴史の巡りあわせが、道を平坦にしてくれているわけです。

 補足:(もちろん、理性的にはそんな“罪悪感”はナンセンスだし、特権的立場を自覚したうえで取る態度としてはまったく非生産的なものだと思っています。ぼくらの務めはその特権に安住せずにその枠をも越えて、前向きに責任を取っていくことです。ただ、ここで質問されているのはあくまでも感情についてだから、それについて感じるところを述べさせてもらいました)。


Q-7.
もし英語で書くことになった場合、それは英米の読者に向けた仕事ですか、それとも世界の読者に向けたものになりますか?

 

A-7.

 興味深い質問です。いままで一度も区別して考えたことはなかったな。ここは思いっきり肩をすくめて、「どっちも、かな?」と言っておこう。これもまた特権的立場にある者ならではの反応だけどね。


Q-8.
地元の場で活躍している作家や作品で、世界の読者に心から推薦できるものがありますか?  それは英米にはないタイプのものだからですか? それとも、英米にもぴったりで、ともに楽しめるものをたくさんもっているからですか? 独自性と親和性とどちらのほうがだいじだとお考えですか?

A-8.

 スイスのSFをフォローしていかなければと思ってはいるんだけど、正直なところ、まずほとんどお目にかかることがないんです(ミステリはあります。Hansjörg Schneiderの“Hunkeler警部シリーズ”は、バーゼルを知っている人には特に楽しい作品です)。スイスの地元のキャバレー音楽とフォークロックの詩についてなら大いに語れますよ。Endo Anacondaが率いるバンド、Stiller Hasはぼくのお気に入りです。ロックバンドだったらZüri West、クラシックなシンガー=ソングライターだと、一風変わったMani Matterが好きです。彼はベルンのバリー・ルイ・ポリサーとでもいうか、スイスの音楽の歴史にボブ・ディランを取り入れた人です。いうまでもなく、ファスナハトで歌われる“シュニッツェルバンク”も挙げないわけにはいきません。これは大道芸のようなもので、詩人たちが風刺的な題材の詩を吟遊します。ところが、以上の作品は良かれ悪しかれすべてスイス・ドイツ語なので、その伝えるところを損なうことなく引用するのは至難の業です。

 バーゼルの住人たちは、まさにきみが指摘しているような問題を抱えています。しかも二重にね。他の非英語圏の人たちとおなじく、英米支配の世界にあっては、彼らが新聞を読んだり大学で講義を受けたり、公的な書類に記入したりする言語――つまりドイツ語は、マイナーな言語とみなされます。しかし、彼らはさらにもう一段階の卑小化を余儀なくされているんです。というのも、この都市で公用語/書き言葉と定められている言語は、実は彼らが心から親しんでいる言語ではないから。彼らが子供に語りかけたり、友人と議論したり、それからもちろん、歌ったり詩を作ったりする言葉は別にあります。ほとんど秘密の言語になっている、バーゼル・ドイツ語です。つまり、彼らは2つではなく、3つの選択肢を突きつけられているんです。英語で書けば――読者は、最大10億人くらいかな? ドイツ語で書けば――約6000万人? あるいはバーゼル・ドイツ語で書けば――たぶん400万人ほど。ロックやフォークミュージック、キャバレー音楽、ヒップホップは、スイス・ドイツ語で歌われることが多いです。言語規模は小さいけれど、それが彼らの言葉だから。

 彼らの心理的状況は日本人ともまた別のものではないかと思います。日本は国としては大国だからね。言語に関しては極度に均質化された社会という印象です。何世紀も世界の他の部分と隔絶された状態にあって、その期間に、基本的には独立した高度な一大文化を生み出してきたんです。自分たちが天下の世界から、いつのまにか自分たちが周縁文化と分類されるようなずっと大きな世界に放り出されていたとなれば、その衝撃はいかばかりかと思います。その点、スイスはずっと文化のせめぎあいの真っただ中にあって、言語や宗教や国家に関してつねに闘争してきました。彼らはその歴史のほとんどの期間、外部から支配されていたんです。声高に中立を謳っていますが、それは苦心の末にやっと手にしたものであり、きわめて限定的で、幻想にすぎないものであって、日本の孤立のように内実を伴ってはいません。あくまでも抵抗姿勢としての中立なんです。彼らはドイツ語も、それにフランス語も英語も話すけれど、一方で密かに自分たちの言語も話しつづけています。内輪で自分たちの言葉を守りつづけ、それを心の拠りどころとし、そこから芸術が生み出される。ぼくはそういう印象を持っています。

Q-9.
ジャンルに関係なく、日本の小説を読んでおもしろかったものはありますか? どういった部分がおもしろかったのでしょう?

A-9.

 残念だけど、ぼくはまるっきりイントロダクションに書かれたような典型的なタイプだな。安部公房の、とくに『箱男』には、高校時代に読んで多大な影響を受けました。あの作品の異世界感、晦渋でメタフィクショナルな求心力、解釈を固定しない、あるいは世界の確かさを破壊するスリップストリーム的要素(これは、スリップストリームとは“読者をとても不思議な感じにさせる”類の文学だという、スターリング的定義が引き合いに出されるときに使われる基本的な表現だよね)にね。村上春樹も、とくに『ねじまき鳥クロニクル』は好きです。でも安部公房ほどの深みはない気がします。というか、ぼくが興味をひかれるような深みがね。以上でぼくの現代日本小説に関する知識はほとんど出尽くしたことになります。次は『源氏物語』か『桃太郎』といった古典か、あるいは宮崎駿、黒澤明などの映画になるだろうね。

追記:ちょっと曖昧だったので説明を加えると、「次は」というのは、小説はこれ以上思いつかないので、次に例として挙げるなら、という意味です。「これ以外で知っているのはせいぜい……」と書いた方がよかったかな。

Q-10.
外国文学をあなたの地元の読者に、またあなたの地元の作品を外国の読者に広めるために、あなたはどんなことをしておいででしょうか?

 

A-10.

 自分の作品に関して言えば、この点は非常に受け身な態度を取っています。翻訳の許可を求められてはじめて、そうやって関心を持ってくれたことに便乗させてもらっているんです。もっと双方向的になるようバランスをはかっていかなければと強く感じています。ドイツSFを発掘して、ことによっては翻訳などもするつもりでいるのはそのためもあります。そういったやりとりをするうちに、どんな作家に注目すべきかヒントも得られるだろうし、楽しみです。視野を広げるいいきっかけになると思います。

(注1)白人・黒人・北米インディアンの混血

(注2)イタリア語で「シンガー=ソングライター」の意

(注3)3月上旬にバーゼルでおこなわれる謝肉祭のカーニバル

(訳:鈴木潤)

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ベンジャミン・ローゼンバウム(Benjamin Rosenbaum)は1969年ニューヨーク生まれのSF作家。26to50では過去に彼の短篇「モリーと赤い帽子」「鶴の群れ」を翻訳紹介しています。こちらこちらに詳しい紹介がありますので、どうぞあわせてご覧ください。

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